「コレステロールが低い」という健康診断の結果は、一見すると健康的で良いことのように感じられますが、実は注意が必要です。コレステロールは体の維持に不可欠な物質であり、低すぎる状態、すなわち「低コレステロール血症」は、体に潜むさまざまな不調の表れである可能性があります。ポイントは、コレステロールは低ければ低いほど良いわけではないということです。この記事では、意外と知られていない低コレステロールのリスクやその背景にある原因、そして今日からできる対策について、専門用語を避けながら分かりやすく解説していきます。
そもそもコレステロールとは?「低い」の基準値
コレステロールが高いことのリスクは広く知られていますが、実は体にとって必要不可欠な成分であること、そして低すぎることにも問題があることを、まずは基本から解説します。一般的に悪玉と見なされがちなコレステロールですが、その本来の姿を知ることで、なぜ「低い」ことが問題になるのかが見えてきます。ここでは、コレステロールの種類とその働き、そして「低い」と判断される具体的な数値について見ていきましょう。
コレステロールの主な役割と「低い」の目安
コレステロールの重要な役割 コレステロールは、動脈硬化の原因という悪いイメージがある一方で、実は生命活動を支える上で不可欠な脂質です。細胞膜の主要な材料、約37兆個の細胞一つひとつの膜の強度や柔軟性を保ち、細胞を保護するバリアになります。ホルモンの原料、性ホルモンや、ストレスから体を守る副腎皮質ホルモンなどの原料になります。胆汁酸の原料、脂肪の消化吸収を助ける胆汁酸の合成に使われます。
健康診断では、主に以下の3つのコレステロール値が記載されます。
総コレステロール、血液中のコレステロールの総量。LDLコレステロール(悪玉)、コレステロールを全身に運ぶ役割。増えすぎると動脈硬化の原因になりますが、低すぎても問題です。HDLコレステロール(善玉)、余分なコレステロールを回収して肝臓に戻す役割。
「低い」とされる一般的な目安は、総コレステロールは140mg/dL未満で、低コレステロール血症と判断されることが多いです。LDLコレステロールでは、60mg/dL未満になると、低LDLコレステロール血症の可能性が考えられます。
これらの数値はあくまで一般的な目安であり、自己判断せず、必ず医師と相談して自分の状態を把握することが大切です。
なぜコレステロールは低くなるのか?考えられる主な原因
コレステロール値が基準値を下回ってしまう背景には、生活習慣から病気まで、さまざまな要因が隠されている可能性があります。中には注意すべき体のサインが隠れていることも少なくありません。自分自身の生活を振り返りながら、どのような原因が考えられるのか、一つひとつ丁寧に掘り下げていきましょう。
過度なダイエットと栄養失調
コレステロールは食事から摂取される分もありますが、その多くは体内で、特に肝臓で合成されます。そのため、極端な食事制限を伴うダイエットや、特定の食品ばかりを食べる偏った食生活を続けていると、コレステロールを合成するための材料が不足してしまいます。特に、脂質を過度に避けるような食生活は、総コレステロール値の低下に直結しやすいです。良質な脂質は体のエネルギー源であり、ホルモンや細胞膜を作る上で不可欠です。必要な栄養素が足りていない「栄養失調」の状態は、体全体のエネルギー不足を招き、コレステロールを十分に作り出す力を奪ってしまいます。
肝臓の機能低下というサイン
体内のコレステロールの約7〜8割は肝臓で合成されています。このため、肝臓の機能が低下すると、コレステロールを十分に生産できなくなり、結果として血液中のコレステロール値が低くなります。例えば、肝炎や肝硬変といった肝臓病が進行すると、肝細胞が正常に働かなくなり、コレステロールの合成能力が著しく落ちてしまうのです。健康診断でコレステロールの低さと同時に、肝機能を示す他の数値(ASTやALTなど)にも異常が見られる場合は、特に注意が必要です。この場合、低コレステロールという結果は、沈黙の臓器と呼ばれる肝臓が発している重要な警告サインである可能性があります。
甲状腺ホルモンの過剰分泌
首の前側にある甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンは、体の新陳代謝を活発にする働きを担っています。このホルモンが何らかの原因で過剰に分泌される病気が「甲状腺機能亢進症」、その代表的なものがバセドウ病です。甲状腺機能亢進症になると、全身の代謝が異常に活発になり、常に全力疾走しているような状態になります。その結果、体内のエネルギーだけでなく、コレステロールも過剰に消費・分解されてしまい、血液中のコレステロール値が低下することがあります。たくさん食べているのに体重が減る、汗をかきやすい、動悸がする、手が震えるといった症状とともにコレステロールの低下が見られる場合は、甲状腺の病気を疑ってみる必要があります。
低コレステロールが引き起こす心と体への影響
数値が低いだけなら問題ないのでは、と感じるかもしれませんが、コレステロールは体の重要な構成要素です。その不足は、目に見えないところでじわじわと心身に影響を及ぼすことがあります。まるで家の建材が不足しているかのように、体のさまざまな部分で不具合が生じやすくなるのです。ここでは、具体的にどのような不調が現れる可能性があるのかを見ていきましょう。
免疫力の低下とホルモンバランスの乱れと自律神経への影響
免疫力の低下と感染症リスクの増大コレステロールは細胞膜の強度を保つために不可欠です。不足すると細胞膜がもろくなり、ウイルスや細菌の侵入を防ぐ体の防御システム(免疫力)が弱体化します。結果として、風邪をひきやすくなる、治りにくくなる、感染症にかかりやすくなるなどのリスクが高まります。
ホルモン・自律神経のバランスの乱れは、コレステロールは副腎皮質ホルモン(ストレス抵抗、抗炎症作用)や性ホルモンの原料です。不足するとこれらのホルモンが十分に作られず、ストレスへの抵抗力が弱まったり、疲れやすくなったりします。特に女性では、月経不順や更年期障害の悪化につながる可能性があります。ホルモンバランスの乱れは自律神経の働きにも影響し、原因不明の体調不良や気分の浮き沈みを引き起こす可能性もあります。
精神的な不安定さとの関連性
意外に思われるかもしれませんが、コレステロールは脳の働きにも深く関わっています。脳は体の中でも特にコレステロールを多く含む臓器であり、神経細胞の機能維持に重要な役割を果たしています。近年の研究では、血中のコレステロール値が低い人は、精神的に不安定になりやすい傾向があることも示唆されています。特に、幸福感や安心感に関わる神経伝達物質「セロトニン」の働きが、コレステロールが低い状態では低下する可能性があるといわれています。これにより、気分の落ち込み、意欲の低下、ささいなことでイライラするといった、うつ的な症状が現れやすくなるのではないかと考えられています。心の健康を保つ上でも、コレステロールは縁の下の力持ちのような存在なのです。
健康診断で「低い」と指摘されたら?今日からできる生活改善
健康診断で「コレステロールが低い」と指摘されたら、それは生活を見直す良い機会です。過度に心配せず、まずは専門医に相談し、病気が隠れていないかを確認することが最も重要です。原因が特定されたら、日々の生活の中で改善策に取り組みましょう。
食生活の見直し「極端な脂質制限をやめる」ことが基本です。
良質な脂質(魚のEPA・DHA、アボカド、ナッツ類、オリーブオイルなど)を適度に摂る。コレステロールの材料となるタンパク質(肉、魚、卵、大豆製品)をしっかりと摂る。体の機能を整えるビタミン・ミネラル(野菜、果物、海藻類)で栄養バランスを整える。
ウォーキングなどの有酸素運動で血行を促進し、ストレスを解消することで、間接的にコレステロールのバランス改善を促します。体、特にコレステロールを合成する肝臓の機能を正常に保つため、十分な睡眠時間を確保し、生活リズムを整えましょう。不安を抱え込まず、専門家と相談しながら自分に合った改善策を見つけ、健康的な体作りを進めることが大切です。
まとめ
「コレステロールが高い」ことへの警戒心は広く浸透していますが、「低い」ことのリスクはまだ十分に知られていないのが現状です。しかし、コレステロールは細胞膜やホルモンの材料となる、私たちの体にとって不可欠な物質です。その数値が低いということは、栄養失調や肝機能の低下、甲状腺の病気など、体に何らかの不調が隠れているサインかもしれません。また、免疫力の低下やホルモンバランスの乱れ、精神的な不安定さにつながる可能性も秘めています。健康診断で「コレステロールが低い」と指摘されたら、それは自分の体と生活習慣をじっくりと見直す良い機会です。バランスの取れた食事や適度な運動、質の良い睡眠を心がけるとともに、決して自己判断で終わらせず、一度医療機関に相談することをお勧めします。コレステロールの数値を正しく理解し、自分の体からの声に耳を傾けることが、健やかな毎日を送るための大切な鍵となるでしょう。

